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京都地方裁判所 昭和62年(ワ)2730号 判決 1991年3月22日

原告

早川好一

原告

早川政子

右両名訴訟代理人弁護士

吉田克弘

松本保三

長井勇雄

山川高史

別所汪太郎

被告

京都府

右代表者京都府知事

荒巻禎一

右指定代理人

永井省爾

外二名

被告

森憲治

高沖武令

大槻正明

芦田劭

右五名訴訟代理人弁護士

前堀政幸

主文

一  被告京都府は、原告らに対し、各金二〇九一万二四八二円及びこれに対する昭和六二年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告京都府に対するその余の請求並びに被告森憲治、同高沖武令、同大槻正明及び同芦田劭に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告ら及び被告京都府に生じた費用を五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告京都府の負担とし、被告森憲治、同高沖武令、同大槻正明及び同芦田劭に生じた費用を全部原告らの負担とする。

四  この判決は、右第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告らに対し、各金五〇五七万三四〇〇円及びこれに対する被告京都府(以下「被告府」という。)、被告大槻正明(以下「被告大槻」という。)及び被告芦田劭(以下「被告芦田」という。)にあっては昭和六二年一一月一九日から、被告森憲治(以下「被告森」という。)にあっては同月二〇日から、被告高沖武令(以下「被告高沖」という。)にあっては同年一二月四日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

(一) 訴外亡早川直(昭和四六年七月二六日生。以下「直」という。)は、後記2の事故の発生した昭和六二年七月二二日当時、京都府立福知山高等技術専門校(右事故当時の名称は京都府立福知山職業訓練校。以下「福知山訓練校」という。)左官科訓練生であった男子であり、原告らは直の父母である。

(二) 訴外中川知之(昭和四三年五月二三日生。以下「中川」という。)は、右当時、同校自動車整備科訓練生であった者である。

(三) 被告府は福知山訓練校を設置している者であり、右当時、被告森は同校の校長、被告高沖は副校長、被告大槻及び同芦田は自動車整備科職業訓練指導員(以下「指導員」という。)の各地位にあった者である。

2  死亡事故の発生

(一) 昭和六二年七月二二日午後、中川は、福知山訓練校自動車整備科の職業訓練として、同科実習棟において、普通乗用自動車(京四四と三〇四五。以下「本件自動車」という。)を教材としてその整備の実習を行っていたが、右整備を終えて、右自動車を右実習棟外に持ち出し、同校内においてこれを運転していたところ、後退するに際して、ハンドル操作に気をとられてクラッチによる調整を行わずアクセルを踏んだため急に後退させ、同日午後一時四五分ころ、折から同校左官科実習棟北側の水洗場において工具を水洗いしていた直に衝突させて、同人を右実習棟東側に積んであった建築用ブロックとの間に挟んだ(以下「本件事故」という。)。

(二) 直は、本件事故により、同日死亡した。

3  被告らの責任原因

(一) 被告森、同高沖、同大槻及び同芦田(以下右四名を一括して「被告四名」という。)の責任原因

(1) 不法行為責任

(ア) 被告芦田の責任原因

被告芦田は、福知山訓練校自動車整備科指導員として、本件事故当時、同科実習棟において、中川ら同科訓練生に対して、本件自動車を含む自動車を教材として指導を行っていた者であるが、狭い同校内において、訓練生らが右自動車を運転すれば危険が大きく、殊に中川は、本件事故当時自動車運転免許を有しておらず、運転技術が未熟なため右危険もより大きかったもので、同被告は、右危険を予測し得たというべきであるから、訓練生らが、教材として用いられる自動車(以下「教材用自動車」という。)を右実習棟から持ち出して運転することのないよう十分指導、監視すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったため、中川に本件自動車の運転を許し、前記のとおり同人の運転技術が未熟なため、本件事故を惹起させたものである。

(イ) 被告大槻の責任原因

被告大槻は、同科指導員として、本件事故当時、右実習棟において、同科訓練生に対する指導を行っていた者であるが、右(ア)と同様の注意義務を負っていたにもかかわらずこれを怠ったため、右事故を惹起させたものである。

(ウ) 被告高沖の責任原因

被告高沖は、同校副校長として、被告芦田及び同大槻の訓練生に対する指導について監督し、あるいは、同校の教材用自動車を管理するなど、同校の業務全般を総括して掌理する者であるが、少くとも未成年者である訓練生については、直接指導に当たっていたか否かを問わず、同校内におけるその生命の安全又は職業訓練の秩序を守るため、これらを害するような訓練生ないし第三者の行為を排除すべき権利と義務を有しているところ、前記のとおり訓練生らが教材用自動車を運転すると危険が大きく、同被告は、これを容易に予測し得たというべきであるから、訓練生らが右自動車を運転することのないよう、被告芦田及び同大槻ら指導員を通じて又は直接に訓練生を十分に指導、監視し、あるいは、右自動車の管理を適切に行うべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、訓練生らを十分に指導せず、あるいは、右自動車の管理規則すら設けずに狭い同校内にこれを野ざらし状態に置き、自動車運転免許を有していると否とに関わらず、訓練生に対してその運転を許していたため、中川が本件自動車を運転し、右事故を惹起させたものである。

(エ) 被告森の責任原因

被告森は、同校校長として、右(ウ)と同様の注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったため、右事故を惹起させたものである。

従って、被告四名は、各自、民法七〇九条に基づき、右事故により生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(2) 運行供用者責任

被告四名は、いずれも被告府から本件自動車を使用する権限を与えられ、右自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上、その運行が同校内において害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあった者であるから、右自動車を自己のために運行の用に供する者に該当するところ、その運行によって本件事故を惹起させたものである。

従って、被告四名は、各自、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文に基づき、右事故により生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(二) 被告府の責任原因

(1) 使用者責任

被告四名は、被告府の被用者であり、それぞれ福知山訓練校の指導員、副校長又は校長としてその業務に従事中、右(一)の(1)の過失により本件事故を惹起させたものである。

従って、被告府は、民法七一五条一項本文に基づき、右事故により生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(2) 運行供用者責任

被告府は、本件自動車の所有者として右自動車を自己のため運行の用に供していた者であるところ、その運行によって本件事故を惹起させたものである。

従って、被告府は、自賠法三条本文に基づき、右事故により生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(3) 営造物管理責任

本件自動車は、公の営造物であり、被告府はこれを管理する者であるところ、右(一)の(1)の(ウ)のとおりその管理に瑕疵があったため、本件事故を惹起させたものである。

従って、被告府は、国家賠償法(以下「国賠法」という。)二条一項に基づき、右事故により生じた損害を賠償すべき責任を負う。

4  損害

(一) 直の損害

(1) 逸失利益 三五一四万六八〇〇円

直は死亡当時一五歳であり、本件事故により死亡することがなければ、一八歳から六七歳まで就労することが可能であったところ、同人は、前記のとおり福知山訓練校左官科に在籍していた者であるから、同科訓練課程を修了した後は建築業に就く蓋然性が極めて高く、少くとも建築業の平均賃金である月二六万円の収入を得ることができたものと解すべきである。

従って、右収入を基礎として、生活費の割合を五〇パーセントとみて、中間利息の控除につき新ホフマン方式を採って、右期間中の得べかりし収入の右死亡時における現価を算出すると、次の計算式のとおり三五一四万六八〇〇円となる。

260,000×12×(1−0.5)×(25.261−2.731)=35,146,800

(2) 直の慰謝料 四〇〇〇万円

(3) 原告らは、直の父母として、同人の右損害賠償請求権を各自二分の一ずつ相続した。

(二) 原告らの損害

(1) 葬儀費用 各一〇〇万円

(2) 原告らの固有の慰謝料 各一二〇〇万円

よって、原告らは、被告府に対し民法七一五条一項本文、自賠法三条本文又は国賠法二条一項に基づいて、被告四名に対し民法七〇九条又は自賠法三条本文による各損害賠償請求権に基づいて、各自、各五〇五七万三四〇〇円及びこれに対する被告らに対する本件訴状の送達の日の翌日である被告府、同大槻及び同芦田につき昭和六二年一一月一九日、被告森につき同月二〇日、被告高沖につき同年一二月四日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告ら)

1 請求原因1(当事者等)及び同2(死亡事故の発生)の各事実はいずれも認める。

2 同3(被告らの責任原因)の事実について

(一) (一)(被告四名の責任原因)について

(1) (1)(不法行為責任)は争う。

そもそも福知山訓練校は、学校教育法に基づく学校とは異なり、主として職業に必要な能力の開発のための訓練を行うものであって、直接訓練生の人格形成を目的とするものではない。従って、同校における校長、副校長ないし指導員(以下一括して「職員」ともいう。)と訓練生との関係は、いわゆる特別権力関係に該当し、その限りにおいて、被告四名は、訓練生に対する指導、施設の維持管理又は教材の使用管理の権限を有し、かつ、これを適正に行うべき義務を負い、従って、訓練生の身体、生命の安全について配慮すべき義務を負うことになるが、その範囲は訓練の実施に伴うものにとどまり、現実に訓練生らに対する指導を行っていない職員は、何らその義務を負うものではない。また、その内容も職業訓練指導に必要なものにとどまり、人格形成を目的とした「自分や他人に危険な行為をしてはならない。」などといった指導をする必要はない。

次に、教材用自動車については、同校職員らは、公物の使用に関する責任に基づき、右自動車を教材以外の目的で無断で使用しないこと、同校内で運転しないことなどを定めて、これに基づきその旨訓練生らに対して指導していたもので、これによって右自動車の運転による施設の破壊ないし人身の死傷といった事故の発生が防止されることになるが、これは、その反射的効果に過ぎない。従って、右職員らは、「無断運転をしてはならない。」という程度の注意をすれば右管理責任に基づく義務を尽くしたことになり、それ以上に、「交通事故を起こすことになるかも知れない。」などの注意をする必要はない。

また、仮に被告四名において、中川が本件自動車を無断で運転したことについて、その指導に欠けるところがあったとしても、本件事故が惹起されたのは、同人の運転操作上の過失によるものであって、同人が右自動車を運転した時点において、必然的にあるいは高度の蓋然性をもって右事故が発生すると解することはできないから、右事故の発生との間に因果関係はない。

(ア) (ア)(被告芦田の責任原因)について、本件事故の発生した当時、被告芦田が、中川ら同校自動車整備科訓練生らに対して指導を行っていたことは認めるが、その余は争う。

従前から、同校職員、殊に同校自動車整備科指導員被告芦田及び同大槻は、中川ら訓練生らに対して同校内で教材用自動車を運転してはならない旨を注意し、訓練生らもこれを熟知していたものであるところ、本件事故当日の同科の実習は、訓練生一三名が七班に分かれてそれぞれ教材用自動車のエンジン調整を行っていたものであり、この際、被告芦田は、教材用自動車から離れて徘徊していた中川に声をかけたところ、同人が「トレンチを探している。」旨答えたので、同人がトレンチを用いて教材用自動車に車輪を装着して運転する虞れがあるものと考えて、同人に早く実習につくよう注意し、同人も素直にこれに応じた。同人は、右当時、未成年者ではあったが、既に高等学校を卒業し、自己の行為の責任を弁識するに足るべき知能を有していたものと認められ、かつ、日頃から従順な性格であったことから、右程度の注意で、十分同被告はその義務を尽くしたものというべきである。

しかるに中川は、同被告の目を盗んで本件自動車を運転して本件自己を惹起したものであるが、この際、各教材用自動車のエンジン音がうるさく、また、同被告は、中川ら以外の班の指導を行っていたため、中川らが本件自動車を運転しても気が付かなかった。しかし、このようなことは、同被告として予測しうるところではなく、仮に抽象的にはその危険性が存するとしても、それを防ぐために常時監視するとか、あるいは教材用自動車のエンジン・キーや余分なガソリンを与えないとかすることは、通常の人間の能力を超えるか、あるいは、一定の計画と時間割のもとに行われる実習に支障をきたし、到底実行し得ないというべきである。

(イ) (イ)(被告大槻の責任原因)は争う。

被告大槻は、本件事故当時、中川らに対する実習を担当しておらず、従って、同人らを指導、監視すべき義務を負っていなかった。

(ウ) (ウ)(被告高沖の責任原因)は争う。

被告高沖は、本件事故当時、中川らに対する実習を担当しておらず、従って、同人らを指導、監視すべき義務を負っていなかった。

また、同被告は、被告芦田及び同大槻の職務の執行について監督すべき義務を負うが、一般に右執行について特段の不適切な点が認められなければ、逐一これを指導監督する必要はないというべきところ、被告芦田及び同大槻は、日頃から同校自動車整備科訓練生らに対し、教材用自動車を無断で運転することのないよう十分注意していたのであるから、被告高沖は、これを信頼すれば足りたというべきであって、被告芦田らに対し、特段の監督をすべき義務はない。

更に、同校内において、教材用自動車は、空地を画して整然と置かれており、実習棟に運び入れたりここから出したりするについても、同校内で運転するのを避け、手で押して移動することを原則としていたものであって、もとより訓練生らに対しその運転を許していたこともなかったから、その管理に何ら不適切な点はない。

(エ) (エ)(被告森の責任原因)は争う。

被告森に責任が存しないことは、右(ウ)のとおりである。

(2) (2)(運行供用者責任)は争う。

本件自動車は、もと被告府が亀岡土木事務所において職務の遂行のため運行の用に供していたところ、昭和六二年三月三一日、教材用自動車として使用するため廃棄する旨の決定がなされ、そのころ福知山訓練校に保管替えとなり、その後教材用自動車として使用されてきたものであり、右廃棄決定の際、運行の用に供することもやめられたものである。従って、本件自動車は運行の用に供せられておらず、本件事故に自賠法三条本文は適用されない。なお、右自動車は、右事故後の同年八月一三日に自動車登録が抹消されているが、右抹消がなされなくても、現実に運行の用に供されていない以上、運行の用に供することをやめたことに変わりはない。

(二) (二)(被告府の責任原因)について

(1) (1)(使用者責任)のうち、被告府が被告四名の使用者であることは認めるが、その余は争う。

右(一)の(1)のとおり、被告四名に過失は存しないから、被告府には使用者責任はない(中川は被告府の被用者ではないから、同被告が中川の過失について責任を負うこともない。)。

(2) (2)(運行供用者責任)のうち、本件自動車が被告府の所有であることは認めるが、本件事故に自賠法三条本文が適用されないことは、右(一)の(2)のとおりである。

(3) (3)(営造物管理責任)は争う。

本件自動車は、被告府の普通財産たる公物であるが、国賠法二条一項の公の営造物には該当しない。また、その管理に瑕疵が存しないことは、右(一)の(1)の(ウ)のとおりである。

3 同4(損害)の事実のうち、原告らが直の父母であることは認め、その余は争う。

仮に被告らが本件事故による損害について賠償すべき責任を負うとしても、原告ら主張の損害額は過大であって、適正に算定されるべきである。なお、被告府は、同被告の設置する職業訓練校の訓練生の福利厚生の一環として、訓練生災害見舞金支給要綱を定めており、これに基づいて直の死亡見舞金として原告好一に対して三四〇万二六〇〇円を支払っており、また、直の加入していた公共職業訓練生災害傷害保険契約に基づき、同人の死亡保険金として原告らに対し一五〇〇万円が支払われているのであるから、これらの事情は、慰謝料その他の損害額の算定に当たって斟酌されるべきである(なお、右保険契約の保険料は直が支払っていたものであり、同人の定めた保険金受取人が右保険金を取得することは当然であるが、右保険契約は、福知山訓練校が窓口となって締結し、国及び地方公共団体の援助等によって運営されているもので、福知山訓練校の訓練生であるが故に締結でき、保険料も年間三三〇〇円とかなり低額であるから、慰謝料等の算定に当たって斟酌することは不合理ではない。)。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(当事者等)及び2(死亡事故の発生)について

請求原因1(当事者等)及び2(死亡事故の発生)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二請求原因3(被告らの責任原因)について

1  原告らは、被告四名に対し、本件事故による損害の賠償の請求をしているところ、その原因として福知山訓練校の職員としての訓練生に対する指導もしくは教材の管理、又は同校の副校長ないし校長としての職員に対する監督もしくは教材の管理についての過失ないし自賠法三条本文に基づく責任を主張しているものであることが明らかである。

しかしながら、国賠法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずる旨定めているところ、同項に定める公権力の行使は、国又は公共団体の作用のうち、純然たる私経済作用並びに営造物の設置及び管理作用を除く作用を広く含むものと解するのが相当である。

しかるに、原告らの主張する福知山訓練校における訓練生に対する指導、職員に対する監督又は教材の管理もしくは使用の各作用は、国賠法一条一項又は二条一項に該当することが明らかであり、そして、国賠法一条一項又は二条一項に該当する場合は、公務員個人として被告四名が、民法七〇九条による損害を賠償する責に任じないことは勿論、本件自動車が教材用自動車として使用され、<証拠>によれば、本件事故当時被告府名義で登録されていたことが認められるから、同被告において、自賠法による責任を負うことがあるとしても、被告四名が自賠法による責任を負うべき筋合いのものでもなく、いずれも本件事故について原告らに対し損害賠償責任を負うものではないといわなければならない。

従って、その余の請求原因について判断するまでもなく、原告らの被告四名に対する請求は理由がない。

2  そこで以下、被告府の責任原因について判断するに、原告らは、民法七一五条一項本文、自賠法三条本文又は国賠法二条一項の適用を主張しているところ、右1に判示したとおり、原告らの民法七一五条一項本文に基づく請求原因事実は、国賠法一条一項の要件事実に該当するものであるから、右請求原因事実の判断については、同項の適用を論ずれば足りるものというべきである。

そして、福知山訓練校の職員らが訓練生の生命、身体の安全について配慮すべき義務を負っていること自体は、その範囲を別として被告らにおいても特に争っていないところ、請求原因3(被告らの責任原因)の事実のうち、被告四名が被告府の職務を執行する者であること、本件事故の際被告芦田が中川ら同校自動車整備科訓練生らに対して実習の指導を行っていたこと、被告府が本件自動車を所有していたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び右一に判示した事実に、<証拠>を総合すれば(<証拠>については、後記採用できない部分を除く。)、以下の各事実が認められ、右認定に反する<証拠>はいずれも採用することができず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(一)  直及び中川は、それぞれ中学校又は高等学校を卒業して、昭和六二年四月、福知山訓練校左官科又は自動車整備科に入校したが、同月右自動車整備科に入校した者は二一名で、うち中川ら五名は自動車運転免許を有していなかった。また、年齢は一八歳から二二歳までであった。

(二)  右当時、福知山訓練校は、電気工事科、自動車整備科、木工科、建築科、左官科、測量科及び経理事務科の各科を有し、訓練期間はいずれも一年間で、訓練生の入校資格は、電気工事科、自動車整備科、測量科及び経理事務科については、高等学校を卒業した者又はこれと同等以上の技術習得能力を有すると認められる者、その他の科については、義務教育を修了した者又はこれと同等以上の学力を有すると認められる者とされており、同校の敷地は、概ね北から通用門、駐車場、左官科実習棟、自動車整備科実習棟、木工科実習棟、建築科実習棟、電気工事科実習棟、本館、訓練センター、訓練生の寮(青雲寮)及び体育館、正門、並びに運動場が並んでいた。

(三)  同年度(同年四月ないし昭和六三年三月)の同校自動車整備科の訓練時間は合計一六〇二時限(一時限は五〇分間)であり、内訳は、普通学科(社会、体育等)が一三六時限、専門学科(工学、整備法等)が五〇五時限、実技実習は基本実習(基本工作、分解組立、点検、調整、検査)が八〇〇時限、応用実習(車体検査、定期点検整備等)が一六一時限であり、午前八時四五分から普通学科又は専門学科の授業が、午後零時三〇分から午後四時ころまで(この間午後二時一〇分から一〇分間休憩。なお夏季等は、午後二時一〇分までに短縮される。)実技実習が行われていた。

同科の指導員は被告芦田及び同大槻であり、同大槻は、同科のほか電気工事科、測量科及び経理事務科に関する諸事項を総括する訓練第二課の課長であるとともに、右自動車整備科の学科の指導について概ね被告芦田と二分の一ずつ担当し、また、実技実習の指導については主として被告芦田が担当していたが、被告大槻も、手があいているときなどは、右実習の指導につき被告芦田を手伝うこともあった。

同校に自動車で通勤又は通学する職員又は訓練生の使用する自動車は、同校の職員らから成る安全対策部会に諮って被告森が決するところにより、同校内の駐車場又は本館と体育館との間の空地等に置かれるが、同科の教材用自動車については、通常同校内の空地に置かれ、実習に使用されるものについては、同科実習棟内に入れてこれを行っていた。この際、自動車番号標ははずされ、通常は扉を施錠し、エンジン・キーは、屋外に置かれているものについては同校職員室の金庫に、同科実習棟内に置かれているものについては、同棟中二階の工具室にそれぞれ保管されており、ガソリンも入れていなかったが、実技実習に使用するに際し、訓練生にエンジン・キーを渡し、ほぼ右実習に必要な量のガソリン(ただし、通常の実習であれば、或る程度余ることが多かった。)を補給していた。なお、同科の教材用自動車は四二台で、一般に、被告府の所有している自動車について、運行の供用を廃して、福知山訓練校における職業訓練の教材とされたものであり、本件自動車は、被告府が所有し、同被告亀岡土木事務所において使用されていたところ、昭和六二年三月三一日、同被告出納局物品管理課において、運行の供用を廃して備品とし、更に同校において、教材(備品)とされた。

実技実習は、同科実習棟において、各訓練生が、二人ずつ班になって、各班の担当する教材用自動車について行っており、中川は訴外近藤宏一(自動車運転免許を有していた。以下「近藤」という。)と班になって、本件自動車を担当していた。右実習棟は、一階は、北西側に出入口、その北東方に機械台、バイス台及び作業台、南西方に板金塗装室があり、その南東にそれと区切られて教材用自動車を置いて実習を行う作業場(概ね一〇台置かれていた。)、更にその南東に、ピット及びシャシアナライザーの置かれた検査室があり、右作業場のほぼ中央の北東側及び南西側に二つずつ並びに南東方の北東側に一つ、並びに右検査室の北東側及び南西側に一つずつそれぞれシャッターがあって、教材用自動車が出し入れできるようになっていた。また、中二階には工具室があって、指導員が在室していた。各訓練生は、その担当する教材用自動車について実習の作業が終了した場合には、これを右検査室まで押して行って、指導員にその結果を点検してもらって指導を受け、また右作業場のあいたスペースに順に戻し、全体の実習が終了した後、訓練生のうち当番が、右各自動車のエンジン・キーを集めて、右工具室に返還する扱いになっていた。

その他、教材用自動車の移動は、同校内において、駐車場所を変える場合のほか、実習に使用するため同科実習棟に入れる場合や右使用を終えて右実習棟から出す場合に行われたが、右実習棟への出し入れ等の回数は年間それ程多くはなく、この際は、自動車運転免許を有する者がハンドルを持ち、他の訓練生が押すなどした。

(四)  同年七月ころまでに、同科の訓練生のうち六名が退校した。

(五)  同年一六日午後、同校自動車整備科実習棟において、被告芦田の指導によって、教材用自動車の動力伝達装置の整備実習が行われ、同被告は、前記検査室において各訓練生らが整備した教材用自動車について更に修理すべき箇所を検査していたところ、同科訓練生訴外藤原正明(以下「藤原正明」という。)が、同被告に無断で教材用自動車を右実習棟外に持ち出して、これを運転した。なお、藤原正明は、自動車運転免許を有していた。

これを知った同校建築科指導員訴外猪野高一が、同日午後三時二〇分ころ、被告芦田に対し、「誰か無断運転をした者がいる。」旨伝えたため、同被告は、直ちに自動車整備科訓練生全員を集めて、「教材は車ではない。」、「勝手に運転するのは泥棒と一緒だ。」、「誰か名乗り出ろ。」などと言ったところ、藤原正明が「自分がやった。」旨名乗り出たため、更に同人一人に対して、「二度とこんなことをやってはいけない。」旨注意し、同人も、「大変悪いことをしました。今後一切やりません。」旨答えた。

(六)  同月一七日午後、同校自動車整備科実習棟において、教材用自動車の動力伝達装置の分解組立作業の実習が行われたが、同科訓練生中川、藤原正明、訴外山崎哲仁(以下「山崎」という。)及び同藤本秀治(以下「藤本」という。)が、被告芦田に無断で教材用自動車を右実習棟外に持ち出して、これを運転し、これを知った同校左官科指導員訴外横田文雄及び同芦田幸彌が、同日午後四時ころ、同校職員室において、被告芦田に対し、「整備科何をしとるんや。」、「四名無断運転やっとるんや。」などと伝えたが、その日は既に訓練生らが帰宅していたため、同被告は、翌一八日(土曜日)、自動車整備科訓練生全員を集めて、「無断運転をやったようだけど誰だ。名乗り出てくれ。」、「注意しているにもかかわらず、何故こういうことをやるんだ。」などと述べ、更に同月二〇日に、同科訓練生一人一人を呼んで誰が無断運転したか尋ねたところ、中川、藤原正明、山崎及び藤本が名乗り出たため、右四名に対して注意するとともに、全員に対しても、「泥棒と一緒だ。」、「これは車ではなくて、鉄の塊であり、運転してはならない。」、「無断運転するとはもってのほかだ。」、「こんなことがあって大変残念だ。」などと述べ、右四名を含め訓練生らは「今後絶対やりません。」旨答えた。

なお、同校では、訓練生に規則ないし命令違反その他不都合な行為があったときは、校長は職員から成る生活指導部会に諮って懲戒することができるとされていたが、右(五)及び(六)の行為については、同被告は、特に右部会等に報告することもなく、被告大槻も、これについて聞いたものの、既に被告芦田が注意したと聞いて、自らはそれ以上の注意等は行わなかった。

(七)  同月二二日午後零時三〇分から、被告芦田は、同校自動車整備科実習棟において、同科訓練生一三名(藤原正明及び藤本、訴外水田洋美《以下「水田」という。》及び同森本、近藤及び中川、訴外堀江敏成《以下「堀江」という。》及び山崎、訴訟外角山《以下「角山」という。》及び同藤原庄一郎《以下「藤原庄一郎」という。》、同岩井及び同岩崎並びに同奥岸がそれぞれ一台ずつ七台の教材用自動車を担当)に対し、エンジン調整作業の実習の指導を行っていた。

教材用自動車は、いずれも車輪をはずされ、右実習に際し、ガソリンは約六リットルずつ補給されていた。近藤及び中川は、本件自動車を担当していたが、その位置は、一つのシャッターのすぐ近くであり、また、二柱リフトで揚車されていたため、モーターを押せば容易に下ろすことができ、他の訓練生の担当する教材用自動車が木製の装置で揚車されていたのに比し、車輪を装着することも容易になっていた。しかし、右実習棟内は各教材用自動車のエンジン音等で相当に騒がしく、本件自動車を下ろしたり運転したりしても、その音は、はっきり分かりにくい状態であった。

被告大槻は、右実習棟中二階の工具室において、同日午後一時過ぎころから、同科訓練生の就職指導を行っており、まず水田を呼んで、これを行っていた。右工具室から一階の作業場は、全体は見えないものの、概ね見渡すことができた。

右実習中、中川が、担当する本件自動車のそばを離れて徘徊していたため、被告芦田が「何をしているのか。」と尋ねたところ、中川は、「十字レンチ(車輪を車体に装着する道具)を探しています。」旨答えた。同被告は、中川が車輪を装着しようとしているものと考えて、同人に対し、「今の訓練ではそんなものは必要ないので、指示したとおりこのことをやりなさい。」旨注意したところ、同人は、右実習に必要なテスターを取って来て、近藤とともに、本来の実習の作業を始めたので、同被告は、その場を離れ、堀江及び山崎の所に赴き、同人らの担当する教材用自動車のエンジン・ルームに頭を入れて指導を行っていたところ、隣の角山及び藤原庄一郎の担当する教材用自動車が連続的にバックファイアーを起こしたため、同人らに対し、大声で「エンジンを止めて待て。」と指示して、再び堀江らの担当する右自動車のエンジン・ルームに頭を入れて指導を行った(なお、この時同被告のいた位置と中川及び近藤のいた位置とは、約一〇メートル以上離れていた。)。

この間に、中川及び近藤は、本件自動車を二柱リフトから下ろして車輪を装着し、近藤が右自動車を始動させた上、後退させてすぐ近くのシャッターの上がった所から右実習棟外に出して停止させた。次いで中川が運転を代わり、第一速ギヤで左官科実習棟南東方の通路を緩やかに円を描くように進んで、途中で第二速ギヤに換えて、右実習棟北方の空地に一旦停止した。

他方、同校左官科においては、同日午後零時三〇分から、同科実習棟において、タイル張りの実習が行われていたが、直は、右実習棟に接して北東方にある水洗場の南東方で中腰になってタイルごてを水洗いしていたところ、中川は後退しようとして後退ギヤに換えるとともに、後方を振り返って直に気が付いたが、そのまま発進しようとしたところ、運転に不慣れだったため、クラッチをうまく調節できないままアクセルを踏みっ放しにして、右自動車を急に後退させ、その左後部を同人に衝突させ、更に、右実習棟の南東方に二段ないし三段で高さ約六〇センチメートルないし一メートルに積んであった建築用ブロックとの間に挟んだ。

被告芦田は、堀江及び山崎の担当する教材用自動車のエンジン・ルームに頭を入れて、前記のとおり指導をしていたところ、訓練生に背中を叩かれ、「何や。」と尋ねると、同人が、「左官科の生徒が倒れています。」旨言ったため、ふと周囲を見ると本件自動車がなかったことから、右自動車を運転して事故を起こしたものと直感して、同人の案内で右水洗場の方に赴き、直が倒れているのを発見して、右実習棟に戻って被告大槻に知らせた。

直は、救急用自動車で訴外医療法人医誠会冨士原病院に収容されたが、同日午後二時一五分、多発性肋骨骨折及び胸腔内出血による外傷性ショックのため死亡した。

(八)  本件自動車は、同年八月一三日、運行の用に供することをやめたとして、自動車登録の抹消手続が行われた。

(九)  中川は、同年一〇月ころ、福知山訓練校を退校し、翌一一月ころ、自動車運転免許を取得した。

なお、証人中川は、概ね、「福知山訓練校自動車整備科に入校して間もないころ、教材用自動車のエンジンをはずして分解し、組み立て、また積み込む作業をしたとき、被告芦田から『外でテスト走行しろ。』と言われて、右実習棟外に出して運転し、昭和六二年六月ころにも、右自動車のトレンスミッションを分解し、組み立てて積み込む作業をしたとき、同被告から『テスト走行しろ。』と言われて、また、運転した。同年七月一六ないし一七日ころに同科訓練生が指導員に無断で教材用自動車を運転して注意されたことがあるかどうかについては、自分は運転しておらず注意されたことはなく、他の訓練生が注意されたかどうかは分からない。本件事故当時運転したのは三回目だが、前日の同月二一日に同被告から『作業の終わった班からテスト走行しろ。』と言われていたところ、自分達は一日遅れて右当日の二二日に作業ができたため、クラッチやブレーキの調整も併せて確認するつもりで本件自動車を運転した。この際、作業中に本件自動車付近を離れて徘徊したことはない(ただし、『他の道具を探しに行って、早く実習するように注意を受けたのではないか。』という質問に対して、『覚えていない。』旨答えている。)。自分は運転免許を持っていないが、同校内は道路ではないから差し支えないと思っており、同被告の指示を受けて運転していたのであるから、同被告の目を盗んで運転したというつもりはない。」旨供述しているが、同証人自身、指導員の指示を受けることなく教材用自動車を右自動車整備科実習棟内で運転することは禁止されていたとか、教材用自動車を右実習棟に出し入れする際、自動車運転免許を有している者が運転席に着き、他の訓練生や指導員らが後ろから押すことを見たことがある旨供述している上、エンジンの分解組立作業が完了したかどうかの確認は、エンジンのみで行うことができ、教材用自動車に搭載してこれを運転する必要性がないことも自認しており、訓練生らが自己の判断で、指導員の確認すら受けずに試走するということ自体、職業訓練指導上さして必要なこととは解し得ず、不自然さを免れないところであり、その他右供述はやや曖昧ないし一貫性を欠くところもあって、中川が、昭和六二年六月ころないしその前にも教材用自動車を運転したことがあるとしても、右各運転及び本件事故の際の運転について、被告芦田の指示を受けていたとの点は、直ちに採用できない。

3(一)  以上によれば、本件事故の直前の同年七月一六日、福知山訓練校自動車整備科訓練生の一人が、同科の実習中、被告芦田に無断で教材用自動車を運転し、同被告は、他科の指導員に指摘されるまでこれに気付かなかったこと、そして、同訓練生を含む同科訓練生らに注意したにもかかわらず、翌日も、同訓練生のほか中川ら他の訓練生も加わって無断運転を行い、これまた同被告は、他科の指導員に指摘されるまでこれを把握していなかったことが明らかである(なお<証拠>には、「本件事故までに同科の教材用自動車がテスト走行しているのは何回となく見ている。」旨の記載があり、証人中川の証言について右2に判示したとおり、右各日以外にも訓練生らが右自動車を運転したことがあるにもかかわらず、同被告らがこれを把握していなかった可能性は否定できない。)。

そして、一般に高等学校卒業直後位の年代の者に自動車に興味を抱いている者が多いことは広く知られており、殊に、自動車整備科を志望する者はその傾向がより強いであろうことは見易い道理であるから、同被告としては、今後も同科訓練生による教材用自動車運転の虞れがあり、単なる口頭の注意では足りないであろうことは、当然予測できたものというべきである。従って、同被告には、教材用自動車を扱う実習の指導にあたり、可及的に無断運転を防止すべく、同科訓練生を十分に監視すべき義務があったものといわなければならない。

ところで、前認定のとおり、同被告は、本件事故に際して、堀江及び山崎の担当した教材用自動車のエンジン・ルームに頭を入れて指導していたものであるが、中川及び近藤が本件自動車に車輪を装着し、右両名がそれぞれ右自動車を運転し、本件事故を惹起して同被告にこれが知らされるまでには、相当程度時間が経過しているものと推認できるから、この間同被告が、中川らが自動車整備科実習棟から出たことにすら気付かなかったというのは、一台の教材用自動車に気をとられる余り、訓練生全体に対する監視が不十分になったものといわざるを得ない。同被告本人は、「実習棟内は、各教材用自動車のエンジン音のため約一四〇ホン以上の騒音状態であり、中川らが本件自動車を持ち出しても聞こえない。また、その時自分は中川らとは背中合わせで、自動車のエンジン・ルーム内に頭を入れていたから分からない。」旨供述しているが、耳で聞こえないならば、尚更目でよく見るべきであるともいえるし、常時全体を監視していることは実際上できないにしても、前判示のような相当時間にわたって、一台の教材用自動車のみ点検している必要があるとは解されず、時折顔を上げるなどして他の訓練生らを監視することも十分可能であったものというべきである。また、仮に同被告のみで訓練生全体をあまねく監視することに困難を伴ったとすれば、前判示の中川ら従前無断運転を行った者を重点的に監視する(殊に中川及び近藤は、教材用自動車を持ち出しやすい位置にいたから、その危険性はより高かったといえる。)とか、被告大槻にも訓練生らを監視してもらうとかのことも考えられたというべきであり、これらからすれば、被告芦田は、中川及び近藤に対する十分な監視を怠り、これによって同人らが本件自動車を運転することを看過したものというべきである。

もとより、教材用自動車の無断運転をすべきでないことについては、訓練生らの自覚に委ねられる面もあると認められるものの、実際に、一旦口頭で注意を受けながら更にその翌日にもこれが行われていること自体に照らしても、単なる口頭の注意のみでは、その防止のための措置として不十分であることはむしろ明らかであって、同被告に対し、右程度の注意義務を負わせることは、指導員の責務ともいうべく、何ら不能を強いるものではないというべきであり、同被告が右義務を怠ったことについては過失があると認めるのが相当であって、右認定判断に反する<証拠>はいずれも採用することができず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(二)  そして、中川が本件事故当時自動車運転免許を有していなかったことは前判示のとおりであり、右2に判示したところに<証拠>を総合すれば、中川は、本件事故までの間に、友人が自動車を運転しているところやテレビ放送を見るなどして、おおよそ運転方法を知っていたものの、実際に運転をした経験はあまりなかったことが認められ、同人の右時点における運転技術からすれば、運転操作を誤る危険性はかなり高かったものと認めるのが相当であり、他方、右2に判示したところに<証拠>を総合すれば、福知山訓練校内は、一般の公道とは明確に区画されて一般の自動車が通行することはなく、教材用自動車又は訓練生、職員もしくは外来者の自動車が同校内を走行することも、登下校の時間帯以外には、少くとも一般の公道におけるように頻繁ではなかったと認められるから、同校内にいる者は、通常同校内を走行する自動車の存在について特段注意することもないものと推認することができ、これらからすれば、中川が同校内において本件自動車を運転することによって、同校訓練生らを死傷する交通事故を発生させる蓋然性は高かったと解するのが相当である。従って、被告芦田の前記過失により中川が右自動車を運転するに至ったことと本件事故の発生との間には相当因果関係が存するものと解するのが相当であって、他に右認定判断を覆すに足りる証拠はない。

4 以上によれば、本件事故について、被告芦田による指導に右事故発生の原因となった過失が存したものといわなければならず、また、同被告の右指導が被告府の公権力の行使に当たる公務員としてその職務を行うについてなされたものであることは、右一並びに二の1及び2に判示したところから明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告府は、本件事故により発生した損害を賠償すべき責任を負うものといわなければならない。

三請求原因4(損害)について

1  請求原因4の(一)(直の損害)について

(一)  逸失利益

原告らは、直の逸失利益について、建築業の平均収入を基礎として一八歳から六七歳までの期間について算定すべきである旨主張するところ、同人が昭和四六年七月二六日生の男子であり、本件事故当時福知山訓練校左官科に在籍していたことは前判示のとおりであり、<証拠>によれば、直は、同科に入校することにより左官職人になるという希望を有していたが、具体的な就職については、同科の課程を修了する際、同校の紹介で決められる予定であったことが認められ、これらからすると、同人は、同科の課程を修了した後、建築業に就く蓋然生が高かったものの、右事故当時、右修了後直ちに就労できる蓋然性が高かったとまでは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そして、前判示の同人の年齢、地位等に照らせば、同人は、少くとも一八歳から六七歳までの四九年間就労することが可能であり、その間、少くとも建築業の男子労働者の平均初任給与額と同額の収入を得ることができたものと認めるのが相当であるところ、逸失利益算定の基礎とすべき同人の年収は、昭和六二年の賃金センサスに基づく一八歳以上一九歳以下の建設業男子労働者(旧制中学校又は新制高等学校卒業、企業規模計)の平均賃金(きまって支給する現金給与額一四万七五〇〇円、年間賞与その他特別給与額八万一二〇〇円)、また、生活費割合は四〇パーセントと認めるのが相当であるから、新ホフマン方式により年五パーセントの率により中間利息を控除して、死亡時における同人の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり二五〇二万四九六五円となる。

(147,500×12+81,200)×(1−

0.4)×(25.2614−2.7310)=25,024,965(1円未満切捨て)

(二)  直の慰謝料 一二〇〇万円

直の死亡による同人の精神的損害の慰謝料としては、同人の年齢、地位、本件事故の態様、その他本件の審理に顕れた諸般の事情を考慮すると、一二〇〇万円を認めるのが相当である。

(三)  原告らが直の父母であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、直には原告ら以外に相続人がないことが認められるから、原告らは、直の右(一)及び(二)の損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続したことが認められる。

従って、原告らの相続した各損害賠償請求権は、左記の計算式のとおり一八五一万二四八二円となる。

(25,024,965+12,000,000)÷2=

18,512,482(1円未満切捨て)

2  請求原因4の(二)(原告らの損害)について

(一)  葬儀費用 各四〇万円

<証拠>によれば、原告らは、昭和六二年七月二四日共同して直の葬儀を営み、右費用を支出したことが認められるが、前判示の同人の年齢、地位等本件の審理に顕れた諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は、原告らそれぞれにつき四〇万円を認めるのが相当である。

(二)  原告ら固有の慰謝料 各二〇〇万円

原告らは、直の父母として、直の死亡によりそれぞれ固有の精神的損害を被ったものと認められるところ、右損害を慰謝する金額は、前判示のほか本件の審理に顕れた諸般の事情を考慮すると、各二〇〇万円を認めるのが相当である。

3  右1及び2の合計 各二〇九一万二四八二円

四結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、原告らにおいて被告府に対し各金二〇九一万二四八二円及びこれに対する同被告に対し本件訴状が送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和六二年一一月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこの限度でこれを認容し、原告らの同被告に対するその余の請求及び被告四名に対する請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、なお仮執行免脱宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小北陽三 裁判官鍬田則仁 裁判官松吉威夫)

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